IMJ 2002 大会趣旨

音楽学とグロバリゼーション

 日本には、外来文化を摂取し、それを自国の文化とつきあわせて絶えず変容させながら、個性的な文化を築いてきた歴史がある。19世紀以来、ことにヨーロッパの文化を取り入れて独自の近代化が行われた。音楽学が属している学問体系も例外ではない。

 しかしながら、20世紀から21世紀への世紀転換期を迎えて、ヨーロッパにおいて19 世紀以降今日まで、学問として制度化された音楽学の領域自体にも、世界的に見て大きな転換期が訪れている。政治的な地勢図の変化や、インターネットなどの電子メディアによって、音楽においても離れた地域間の情報流通は高速度化され、一見世界的規模で平準化されたが、実際には、対象となる音楽が地球全域にまで広域化したため、異なる地域間の文化接触が多元的に可能となり、その結果、音楽を支える価値観は驚くほど多様化した。従来、伝統として守られてきたものが互いに触発されて変容し、伝統そのものの変容、もしくは新しい伝統の形成があらゆるミクロな現場で生じてきている。また、ひとつの音楽文化の内部においても、外部に対するアイデンティティの主張という目的のために、自ずと変容が生じている場合がある。近代化や都市化・観光化を通じて、伝統音楽や音楽の伝統的形態が、本来の儀礼上で有していた意味や上演の形態等を変化させてゆく場合などが例としてあげられよう。

 対象となる音楽が、いわば「グローバル化」してゆく一方で、音楽に対する価値観が多様化、ないし特殊化・細分化しているという、こうした現実にどのように対処してゆくか、それはこれからの音楽学全体に課せられた大きな課題である。アプローチの方法論的検討を含めて、音楽学という学問自体の根本的な見直しがはかられねばならない。東西の接点のひとつとして、文化接触の現場となってきた長い歴史を有する日本において、上記の課題は当然のことながら常に大きな関心事であった。しかしながら今日、それは日本にかぎらず、ヨーロッパの文化を摂取して近代化を果たしてきたあらゆる国々の音楽研究者ともひとしく共有するものであろう。

 こうした課題に立ち向かう意味を込めて、2002 年に開催される日本音楽学会の国際大会のテーマは「音楽学とグローバリゼーション」とされた。ひとつの音楽文化を、特定の民族や国家に所属し、歴史的・地域的に固定したものとして捉えるのではなく、変化し続けるものとして動的に捉える視点がどのようにして可能であるのか、ということがここで議論されねばならない。そのためには、対象とする資料そのものの価値や資料研究の方法を再検討するだけではなく、文化人類学や社会学等々、文化現象を巡る他の関連領域の知見も大いに取り入れねばならないだろう。

 もちろんこの問題は、これまでに確立されてきた音楽学のあらゆる分野に関係するものである。なぜなら、音楽学を専門とする研究者が個々に持っている価値の尺度自体も、対象となるあらゆる地域、時代、ジャンル、演奏形態等々を問わず、ヨーロッパにおいて音楽学が制度化された時代からは変化しており、そこにも「グローバル化」に伴う多様化が見られるからである。異なる文化的価値の土壌を持つ研究者たちが、自分の文化に属する音楽を研究する場合でも、あるいは自分とは異なる文化に属する音楽を研究する場合でも、そこには異なった出自を持つ研究者たちの集団によるいわば〈想像の共同体〉が形成されるが、実際にそのような共同体の内部でどのような視点の相違や摩擦、あるいは共通の認識や価値観が形成されているのか、それを議論すること、それも今回のテーマによる国際大会の重要な部分を構成している。


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